愛のことば

54歳、妻子と住宅ローンあり、不安障害とうつを抱える男が闘病と仕事に就くためにもがき続ける毎日をつづるブログ

なんたる無力

今日は本当に嫌な日だった。

 

ひとつひとつ、嫌だったことを思い出すようなことは、

本当に時間の無駄でしかないから、

 

嫌だったことはすべて、もう過去の遺物として棄てていく。

 

記憶の片隅にすら残すのも

もともとすくない脳のメモリーがもったいない。

 

腹も立ったし、憂鬱だったし、悲しかったし、不安だったし、

なにより、怖かったし、とても疲れた。

 

今日はもう、それだけだ。なんにもない。

 

 

僕は家族を愛することしかできない。妻にも、子どもにも、

ただ幸せを祈ることしかできない。

 

なんたる無力か、と思う。

 

自分の無力を思い知る毎日が、ずっとこの先も、死ぬまで続く。

愛が深ければ深いほど、失う悲しみが深くなるのはなんでなんだろう。

 

僕はこの世で、何のために生きているのか知らない。

何か用があってこの世に生を受けたなら、

 

せめて家族に愛とわずかな稼ぎくらいは届けねば、とおもう。

 

いやいや、「ねば」「べき」などと考えだすと、

ロクなことがない。

 

確かな事は、きょうも暮れていく、ということだ。

インフルエンザの予防接種もしたし、兄にも電話した。

 

もうそれでいい。今日も精いっぱい生きた。

 

そう、こんなクソたいな日、良くがんばって生きたよ。

お疲れさま、僕。