愛のことば

54歳、妻子と住宅ローンあり、不安障害とうつを抱える男が闘病と仕事に就くためにもがき続ける毎日をつづるブログ

自分を好きになる

ほんとうにダメなことばっかりで折れそうになるけど

それでもまだ、心の片隅でまだあきらめたくない自分がいて

 

そんな自分を絶対見捨てたりしないで、ずっとずっと一緒だと、

ずっと寄り添って生きていくからねと、毎朝自分に話しかけている。

 

こうやって文字にして、外野からみると気色悪いけど、

自分がうつになってみて強く思うのは、

 

誰になんと思われようが、いい。

 

いま自分の中にある強烈な孤独感と寂寥感。

 

愛してほしいと願うのは、自分が自分を愛してあげきれてないから

 

だとしたら、残りの人生

僕はどんなにダメな自分でも愛したい。

 

見た目ではわからない、得体のしれないしんどさが、

子供のころからずっとモヤモヤと僕の心に巣くっていたから。

 

まだ若く人生の調子が悪くなかった時期でも、

自分のことは好きじゃなかったし、

好きになってあげるにはどうしたらいいのか、知らなかった。

 

世間でいう「大人」にもうとっくになってしまって、

あきれるくらい長い時間やってきているから

見た目では、まぎれもない大人であり、老いも始まっている。

 

でも中身はそれこそ成長が止まっていて、子供のままで、

見た目はジジイだから「年老いた少年」という表現そのまんまだと思う。

 

うつになってから子供のまま止まってしまった自分の心と

話すようになって、いろんな感情があふれてきた。

 

それらすべてを言語化するのは時間がかかるけど、

僕が本当に言いたかったこと、したかったこと、

嫌だったこと、好きだったこと、やり残していること、

モヤモヤと言葉になっていない感情を、

どこまで体の外に出してあげられるだろう。

 

とにかくこれからは、自分で自分をしっかり寄り添って支えてあげることが

歳を取ってジジイになっていくこれからの自分には必要だと感じている。

 

ジジイだろうが、僕にとってはたった一人の自分なんだよね。

 

いつからか、明日や未来というものに、希望を感じなくなった。

いつのまにか希望が不安にすり替わっていた。

 

だから夜になると一時的にホッとするけど、

毎日、翌朝に、また朝が来てしまったと、死にたくなる気持ちが強くなる。

 

毎朝落ちてふさぐ気持ちの中、

ずっと一緒やからね、大好きやからね、と自分に呼び掛ける。

 

そんな冗談みたいな行動でも、

ほんの少し、1ミリでも自分を好きになることが出来たら

まだちびだった子供のころの自分も、

笑顔を見せてくれるようなそんな気がしている。

 

明日とか未来が、希望だったころのように。